土地建物の名義変更ってどんな手続き?
私の事務所に相談に来られる方の多くは、不動産の「名義変更」について、まるで表札を書き換えるような簡単な手続きだと思っていらっしゃいます。
「先生、亡くなった姉の建物を私の名前に変えたいんです」 「売買で家を買ったので、名義を変更してください」 「息子に家を譲りたいので、名義を書き換えてもらえますか」
このような相談を受けるたび、私は必ずお伝えすることがあります。
「名義変更は単なる書類上の手続きではありません。必ずその背後に理由(登記原因)があり、その理由によって税金が大きく変わってくるのです」
第一章:立野さんの来訪
昨年の春のことでした。立野さん(仮名)が私の事務所を訪れたのは、桜が満開の頃でした。
「先生、姉が亡くなりまして…」
立野さんは少し疲れた表情で話し始めました。
「姉の池田と二人で、借地にアパートを建てたんです。資金は半分ずつ出し合って、登記も2分の1ずつの共有にしていました。今回、姉が亡くなったので、姉の持分を私がもらうことになったんです」
私は詳しく事情を聞きました。池田さんには長男と長女がいましたが、話し合いの結果、立野さんが池田さんの共有持分を受け取ることになったとのことでした。
「では、まず池田さんから相続人である長男・長女さんへの相続登記を行い、その後、長男・長女さんから立野さんへの贈与による移転登記を行いますね」
手続きは順調に進み、2段階の登記は何の問題もなく完了しました。
第二章:突然の税務署からの通知
そして今年の2月。雪がちらつく寒い日でした。
立野さんが慌てた表情で事務所に飛び込んできました。
「先生、大変です!税務署から贈与税の申告に関する案内が届いたんです!」
立野さんは封筒を震える手で私に見せました。
「でも先生、アパートは古くて固定資産税評価額は約120万円、私がもらったのはその半分の60万円分だけですよ。贈与税の基礎控除は110万円だから、税金なんてかからないはずでしょう?」
私は心の中で「あぁ、やはり…」と思いました。事前に説明したはずでしたが、立野さんは重要な点を見落としていたのです。
第三章:見落とされた借地権の存在
「立野さん、課税の対象は建物だけではありません」
私は改めて説明しました。
「借地上に建物を所有している場合、建物の所有権と併せて借地権も財産として評価されるのです」
立野さんの顔が青ざめました。
「借地権って、ただ土地を借りているだけじゃないんですか?」
「いえ、借地権は立派な財産です。一般的に、更地価格の6割程度で評価されます」
結果的に、立野さんは以下のような贈与を受けたことになりました:
- アパートの価額:約42万円
- 借地権:約288万円
- 合計:約330万円
基礎控除110万円を差し引いても、約220万円が課税対象となり、立野さんは約23万円の贈与税を納めることになったのです。
第四章:相続と贈与の税金のちがい
立野さんにも、事前に説明したのですが、そのことを理解されていなかったのか、失念されたのだと思いました。
私は改めて相続税と贈与税の違いを説明しました。
相続税の場合
- 基礎控除額:3,000万円+600万円×法定相続人の数
- 立野さんのケースでは、他に目ぼしい遺産がなければ相続税はかからなかった可能性が高い
贈与税の場合
- 基礎控除額:年間110万円
- 借地権付き建物の場合、110万円を超えることが多い
「同じ財産でも、取得の仕方によってこれほど税金が変わるなんて…」
立野さんは深いため息をつきました。
第五章:司法書士としての責任と使命
この出来事を通じて、私は改めて自分の使命を考えさせられました。
確かに、司法書士は税金の専門家ではありません。具体的な税務相談をお受けすることはできません。しかし、依頼者の立場からすれば、不動産登記の専門家である司法書士が、税金についても当然知っているはずだと考えるのは無理からぬことです。
「後からこんな高額の税金を負担することになるなんて聞いていない」
そんなクレームをいただくのは、私の本意ではありません。
そこで私は、特に相続と贈与の登記手続きをご依頼いただく際には、必ず税金の基礎的な仕組みを事前に説明するようにしています。
実は、私はFP技能士(2級)ファイナンシャルプランナーの資格も持っています。これは、依頼者により良いサービスを提供したいという思いからです。
あとがき:あなたの借地権の価値を知っていますか?
この記事を読んでいる皆さんの中にも、借地上に建物を所有している方がいらっしゃるかもしれません。
もしかすると、あなたも「ただ土地を借りているだけ」という感覚しかないかもしれません。
しかし、借地権は立派な財産です。そして、その価値は皆さんが思っているよりもはるかに高いものかもしれません。
今すぐチェックしてみませんか?
借地権の価格を一度調べてみることをお勧めします。そうすることで、将来的な相続や贈与の際の税金負担を正確に把握することができます。
不動産の名義変更は、決して表札を書き換えるような簡単な手続きではありません。その背後にある様々な要因を理解し、適切な判断をすることが大切です。
もし不明な点がございましたら、お気軽にご相談ください。事前の準備こそが、後悔しない不動産取引の鍵なのです。
この記事は実際の事例を基にしていますが、個人情報保護のため、人名や詳細な数値は仮名・概算としています。税務に関する具体的なご相談は、税理士などの専門家にお尋ねください。
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