こんにちは、司法書士の小椋です。今日は不動産登記にまつわる小さな物語と、皆さんに知っておいていただきたい大切なお話をしたいと思います。
「小椋先生、大変なんです!家を売ろうとしたら、登記簿の住所が古すぎて手続きができないと言われました!」
電話の向こうで田中さんの声は焦りに満ちていました。田中さんは30年近く住み続けた実家を売却し、老後は娘さんの近くのマンションに引っ越す計画でした。
「具体的にどのような状況ですか?」と尋ねると、田中さんの状況が少しずつ明らかになってきました。
田中さんは20年前に大阪市から名古屋市へ、そして10年前に横浜市へと引っ越していました。ところが、登記簿上の住所は今も大阪市のままだったのです。不動産会社からは「本当の所有者かどうか確認できない」と言われ、売却手続きが進まなくなっていました。
登記簿と「住所・氏名」の重要性
皆さんは普段あまり意識されないかもしれませんが、不動産の所有者は登記簿に「住所」と「氏名」という二つの要素だけで表示されているのです。
かつては紙の登記簿でしたが、現在ではコンピュータ化され、法務省のサーバーにデータとして保管されています。この「住所」と「氏名」だけで所有者を特定するため、その正確性が最も重視されるのです。
住所は現在の住民票の記載と一致し、氏名は住民票や戸籍の表示と一致していなければ、登記簿上の名義人と同一人物とは認められません。一字でも違っていればダメなのです。
古い住所のままになっている登記簿
では、登記簿に載っている住所や氏名が誤っていたり、後に変更された場合はどうすればよいのでしょうか?
もし、初めて登記をした時点で誤った住所や氏名が登記されたのであれば訂正が必要です。これを専門的には「更正」といいます。
一方、初めは正しかったけれど、引っ越しで住所が変わった、結婚して苗字が変わったという場合は、登記簿上の住所や氏名の変更が必要になります。
このような手続きを「所有権登記名義人住所、氏名変更(更正)の登記」といいます。司法書士の間では略して「名変」と呼んでいます。
田中さんのケース:消えた住所の軌跡
田中さんの場合を詳しく見てみましょう。登記簿上の住所が20年前の大阪市のもので、その後10年前に名古屋市に転居し、5年前に横浜市に来たというケースです。
【登記簿】大阪市○○区…(20年前)
↓(引っ越し)
【実際】名古屋市△△区…(10年前)
↓(引っ越し)
【現在】横浜市□□区…(今ここ)
この場合、大阪市の住所から現在の横浜市までの住所の変遷を全て証明しなければなりません。一部でも連続性が欠けることは許されないのです。
「田中さん、住民票の除票か戸籍の附票はお持ちですか?」と尋ねると、田中さんは首を横に振りました。
住所変更の証明方法
住民票で証明できる場合
住所の変遷を証明するためには、まず住民票を用います。他の市町村へ引っ越すと、前の市町村では住民登録が抹消されます。その住民登録が抹消された住民票を「住民票の除票」といい、元住所地で作成されることになっています。
住民票の除票の保存期間は、令和元年6月20日より従来の5年間から150年間に延長されました。ただし、すでに廃棄された除票は交付されません。
「大阪市からの引っ越しはもう20年前ですから、除票はもう廃棄されているかもしれませんね…」と伝えると、田中さんはさらに青ざめました。
戸籍の附票で証明できる場合
住民票の除票では証明できない場合、戸籍の附票の写しが頼みの綱になります。戸籍の附票とは、同じ戸籍に入っている人の住所の履歴を管理するため、本籍地の市町村で作成保管される証明書です。
住民票とは違い、戸籍が改製されたり、戸籍に記載されている人全員が亡くなったり、結婚して除籍になったりしない限りは、全ての住所の変遷を証明することができます。
こちらも令和元年6月20日より保存期間が150年間に延長されましたが、すでに廃棄された附票は交付されません。
「本籍地はどちらですか?」と尋ねると、田中さんは「大阪です」と答えました。「では、戸籍の附票を請求してみましょう」と提案しました。
証明できない場合の対処法
「でも、もし証明できなかったら…家は売れないのでしょうか?」田中さんの声は震えていました。
「ご安心ください。たとえ現住所が登記簿上のものと食い違っていても、田中さんが所有者であることに変わりはありません。ただその証明が難しくなるだけです」と私は説明しました。
司法書士としては、このような場合に様々な手を尽くします。具体的には:
- 住民票や戸籍の附票などの証明書を可能な限り用意
- 登記簿に記載されている住所に同姓同名の別人がいないことの証明書を準備
- 必要に応じて上申書や補強証拠を用意
「ただし、これらの手続きは時間と手間がかかりますので、住民票1通で済む簡単な場合に比べて費用がかかることは否めません」と正直に伝えました。
未然に防ぐためには
「こうなる前に何かできることはなかったのでしょうか?」と田中さんは悔やむような表情で尋ねました。そこで、不動産所有者の皆さんにお勧めしたいことをお伝えしました。
不動産の名義人が住所や氏名を変更した時にしておくべきこと
- 現在の登記内容を確認する
権利証や登記識別情報を見て、登記簿上の住所・氏名が現在のものと一致しているか確認しましょう。 - 証明書類を保管しておく
住所を変更したときは、念の為、住民票の除票や戸籍の附票を取得し保管しておくと後々役立ちます。 - 転勤が多い方は特に注意
転居を繰り返すことが予想される場合は、各市町村の住民票を取得しておくことをお勧めします。
幸いなことに、田中さんの場合は本籍地の大阪市で戸籍の附票が保存されており、住所の変遷を証明することができました。無事に名義人住所変更の登記を行い、家の売却手続きも進めることができました。
「知らなかったでは済まされないこともあるんですね。ありがとうございました」と田中さんは安堵の表情で言いました。
最後に重要なお知らせ
2026年(令和8年)4月1日から、不動産の所有権登記名義人が住所や氏名(法人の場合は名称や本店所在地)を変更した場合、その内容を登記簿上でも変更する「住所等変更登記」が義務化されます。この制度については改めて別の機会に詳しくお伝えします。
皆さんの不動産に関するお悩み、登記のご相談はいつでもお気軽にどうぞ。司法書士小椋がサポートいたします。
コメント