司法書士試験受験生のある日のできごと
司法書士試験の受験勉強を始めて3ヶ月。私、田中美咲は知り合いの司法書士おぐら事務所に遊びに来ていた。
「田中さん、『債務』と『責任』の違い、説明できる?」
突然の質問に、私は言葉に詰まった。「え、えっと……どちらも借金に関係する言葉ですよね?」
小椋司法書士は苦笑いを浮かべた。「まあ、間違いじゃないけど……今日の相談者の話を聞けば、その違いがよく分かるはずだよ」
第一の相談者〜時効になった借金〜
相談室に現れたのは、60代の男性、山田さんだった。
「実は15年前に友人から50万円借りたんですが……最近になって『返せ』と言われまして」
佐藤先生は穏やかに尋ねた。「その間、一度も返済はされていないんですか?」
「はい……情けない話ですが」
私は横で記録を取りながら、当然返済義務があると思っていた。しかし、佐藤先生の説明は意外なものだった。
「山田さん、この借金には『債務』はまだ存在しますが、『責任』はもう消滅しています」
「え?」山田さんと私は同時に声を上げた。
「借金の消滅時効は10年です。時効を援用すれば、相手は強制執行、つまり裁判で財産を差し押さえることはできなくなります。ただし、『借りたものは返すべきだ』という道義的な義務、つまり債務そのものは残っているんです」
「じゃあ、私が自主的に返したら?」
「それは有効です。自然債務と呼ばれる状態で、あなたが任意で返済する分には何の問題もありません。ただ、相手が『返さないなら訴える』と脅しても、それは空脅しになります」
山田さんは安堵の表情を浮かべた。私はノートに書き込んだ。
「自然債務=責任なき債務。義務はあるが、強制執行はできない」
第二の相談者〜父の借金と実家〜
午後の相談者は、30代の女性、鈴木さんだった。泣きそうな顔で相談室に入ってきた。
「父が事業に失敗して、銀行から3000万円借りているんです。私の実家を担保に入れてしまって……」
「お父様が借りたお金なんですよね?」私は思わず口を挟んだ。
「はい。でも実家の名義は私なんです。父が『形だけだから』と言うので、担保提供の書類にサインしてしまって……」
小椋司法書士は深くため息をついた。
「鈴木さん、あなたは『物上保証人』という立場になっています。これは債務のない責任、つまり借金そのものはお父様のものですが、返済されなければあなたの不動産が差し押さえられる可能性があるということです」
「私、お金を借りてないのに?」
「そうです。あなた自身に返済義務はありません。ただし、お父様が返済できなくなれば、担保に入れた実家は競売にかけられてしまいます」
鈴木さんは顔を覆った。私も胸が痛んだ。
小椋司法書士は続けた。「債務はお父様にあります。でも責任、つまり財産を失うリスクは、鈴木さんも負っているんです。これが『債務』と『責任』が分離しているケースです。鈴木さんも責任財産ということばを聞いたことがあるでしょ。」
「物上保証=債務なき責任。借金はないが、財産は差し押さえの対象になる」
今日のポイント〜法律用語を正確に理解することの大切さ〜
その日の帰り道、私は小椋司法書士に尋ねた。
「先生、つまり『債務』は『何をしなければならないか』で、『責任』は『しなかったらどうなるか』ということですね?」
「その通り。もっと正確に言えば——」
小椋司法書士は歩みを止めて、私の方を向いた。
「債務は『特定の行為をすべき法的義務』。お金を返す、商品を渡す、約束を守る、といった『やるべきこと』そのものです」
「責任は『それをしなかった場合に、財産を差し押さえられても文句が言えない状態』。つまり、債権者が強制執行できる根拠になるものです」
「普通は両方セットなんですよね?」
「そう。あなたが誰かにお金を借りたら、返済する債務も負うし、返せなければ財産を差し押さえられる責任も負う。でも今日見たように、まれに分離することがある」
夕暮れの空を見上げながら、私は法律の奥深さを感じていた。
一見同じように思える言葉にも、明確な違いがある。そしてその違いが、人々の人生を大きく左右することもある。
法律家である司法書士を目指す者として、法律用語を正確に理解しなければならない。
そう心に誓った、司法書士試験受験生の一日だった。
法律メモ
- 債務:「◯◯しなければならない」という法的義務
- 責任:「(しなかった場合に)財産を差し押さえられても文句が言えない」という法的拘束
- 自然債務:時効完成後の借金など、責任のない債務
- 物上保証:他人の借金の担保を提供する、債務のない責任


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