プロローグ:司法書士事務所での相談
「先生、実は相談があるんです…」
私の事務所を訪れたのは、30代半ばの美香さんでした。落ち着いた印象の彼女でしたが、どこか不安そうな表情を浮かべています。
「どのようなご相談でしょうか?」
「私、健太郎と5年間一緒に暮らしているんですが、まだ婚姻届は出していなくて。でも、もし何かあったときに、私たちの関係って法的に守られるんでしょうか?」
第1章:多様な愛の形
美香さんの話を聞きながら、私は現代の多様な家族の形について思いを巡らせました。
時代の変化に伴い、男女の関係性についても多様な価値観が認められるようになりました。『夫婦』や『家族』についての考え方もさまざまで、籍は入れても住居を共にしない別居婚や、男性と男性、女性と女性による同性婚など、いくつもの形が存在しています。
美香さんと健太郎さんのように、夫婦である意識を持ちながら籍は別々である『内縁』という関係も、そんな多様な愛の形の一つなのです。
第2章:「内縁って何ですか?」
「先生、そもそも内縁って何なんでしょうか?周りの人は『結婚していない夫婦のことでしょ』って簡単に言うんですが…」
美香さんの疑問は、多くの方が抱く素朴な疑問でもあります。
「その通りです。内縁とは『社会通念上夫婦となる意思をもって共同生活を送っているが、婚姻の届出がないために法律婚とは認められない男女の関係』のことをいいます」
「でも、法律で決められているわけじゃないんですよね?」
「そこが重要なポイントです。実は内縁という関係に対し、法律上の制度はありません」
美香さんの表情が曇りました。法的な保護がないのかという不安が頭をよぎったのでしょう。
第3章:法律がなくても守られる理由
「でも安心してください。制度はなくても、法的な位置づけはしっかりとあるんです」
私は美香さんに、まず法律婚の効果について説明しました。
「民法では、法律婚について次のような規定があります。法律上の離婚原因がなければ離婚できない、婚姻費用の分担として収入の多い配偶者が収入の少ない配偶者に対して生活費を渡す義務がある、離婚する際には財産分与という形で財産の清算をしなくてはならない、といったことです」
「それは結婚している夫婦の話ですよね?私たちには関係ないんじゃ…」
第4章:昔話に学ぶ内縁保護の歴史
「ここで少し昔話をさせてください。その昔は、跡継ぎを妊娠・出産するまで嫁として認められないといった理由で婚姻届を出せない女性が多くいました。現金収入を得ずに家事を営んでいた女性にとっては極めて酷な状態でした」
「そんな時代があったんですね…」
「そこで裁判所は考えました。決まった男性と生活を共にして専業主婦的な生活をしている人が、婚姻届を出していないという理由だけで保護を得られないのはおかしいではないか、と」
美香さんの目に興味深そうな光が宿りました。
「それで、裁判所は法律婚の規定を準用(類推適用)するという形で、内縁関係にも法律婚に準じた法的効果を与え、内縁の配偶者を保護してきたのです。現在でも、民法に『内縁』という概念はありませんが、確立した判例として、内縁という概念が認められています」
第5章:「私たちって内縁なんでしょうか?」
「では、私と健太郎の関係は内縁と認められるんでしょうか?」
これこそが美香さんの一番知りたいことでした。
「内縁が成立するためには、二つの要件が必要です。一つ目は社会通念上の夫婦として生活していこうとする意思(婚姻意思)、二つ目は夫婦としての生活の事実(現実の生活実態)です」
「具体的にはどういうことですか?」
「よく『指輪をもらったら』『一緒に住んでいれば』『結納をあげていれば』という話を聞きますが、これらは裁判所において考慮される要素の一つにとどまります。それだけがあればよいというわけではありません」
美香さんは少し困惑した様子でした。
「でも、特に重視される事実があります。住民票で同一世帯になっているか否かという点です。また、法律婚をしていない男女が同一世帯に入る場合、女性の続柄を『妻(未届)』とすることがあります。こういった事実が、先ほどの二つの要件を強く推認させる重要点だと裁判例でも言及されています」
エピローグ:安心を得た美香さん
「住民票、確認してみます。私たち、ちゃんと同一世帯になっていたと思うので」
美香さんの表情が明るくなりました。
「健太郎とは将来ちゃんと結婚するつもりですが、今すぐというわけでもなくて。でも、もし何かあったときに全く保護されないわけじゃないと分かって安心しました」
「愛の形は人それぞれです。大切なのは、お二人が互いを思いやり、支え合っていくことですね」
美香さんは深くうなずき、晴れやかな笑顔で事務所を後にされました。
司法書士からのメッセージ
現代社会では、夫婦や家族の形が多様化しています。内縁関係も、そんな多様な愛の形の一つとして、法的にも一定の保護が与えられています。
もしご自身の関係について不安や疑問がある場合は、お気軽に専門家にご相談ください。あなたの大切な関係を守るために、私たち司法書士がお手伝いいたします。
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